編集を終えて
現在ノウフルの3月号に向けた執筆をしているが、主要な住宅企業11社の受注金額速報値(対前年同月比)が発表された。結果、マイナス企業数がプラス企業数を上回った。子育て世帯の住宅取得を支援する、こどもみらい住宅支援事業の訴求に力を入れるものの、受注環境の好転までには至っていない。
実際にノウフル経由でのご相談を毎月20社以上いただき、状況などをお伺いしているが、ほとんどの建築会社が昨年の10月あたりから集客が激減し、回復していない。このような状況下で各建築会社がどのような戦略を設定すべきなのか。今回、編集の結びとして残された紙面で適切な戦略構築にお役立ちできる考察を提唱し、本号の締めくくりとしたい。
なお、私は延べ15年ほど建築業界に携わり、コンサルタントとして100社以上を支援し、3000人以上の経営者と対峙をしてきた経験と見解があるものの、考察に関してはあくまで個人の意見であることは事前にご了承いただきたい。
マーケティングにおける選択と集中
今回は、マーケティングにおける「選択と集中」というテーマについて考察したいと思う。まず、この仕事をしているとよく相談を受けるのが、マーケティングにおいて下記のどちらが適切なのかということである。一つは強みを尖らせる、つまり、自社のUSPにさらに磨きをかけ、差別化を図るという考え方である。
もう一つは、強みを増やすということである。つまり、自社のUSPに限界があると判断し、新しいUSPを追加し、総合力で勝負するという考え方である。このどちらがいいのであろうか。結論から言えば、マーケティングは「選択と集中」である点で前者が正しい。後者のような両方取ろうという考え方は、ことわざで言えば「虻蜂取らず」、あるいは「二兎を追う者は一兎をも得ず」となってしまう。
大塚家具の戦略転換がわかりやすい事例であろう。大塚家具は従来、創業者の大塚勝久氏が会員制による接客重視の高級路線で戦略的に展開していた。しかし、娘の大塚久美子氏に社長が交代すると、ニトリなどの低価格なサービスが市場拡張していることを踏まえ、会員制のまま大衆層にマーケットを拡大していった。そうして虻蜂取らずとなった結果、経営不振に陥り、事業売却に至ったのである。
この事例からわかるように、マーケティングという観点においては、一つのUSPに絞って強化することが重要なのである。これを戦略的に示した理論が二つある。一つ目が「ランチェスター戦略」、二つ目が「競争戦略」である。従来のビジネスモデルの多くが、広いカテゴリーにリソース(人・物・金)を分散させるのに対し、ランチェスター戦略では、カテゴリーを厳選し、リソースを一点に集中させる。
リソースを一点に投下することで、結果的に市場シェアを最大化することが可能になる。こちらの事例として当てはまるのがHIS(エイチ・アイ・エス)である。HISは創業当時、大手がひしめく中で学生向け旅行代理店と銘打ち、ニッチ市場を攻めることに成功した。
このランチェスター戦略には三つの特徴がある。一つ目は「規模の経済性」である。対象が細分化されているため、商品やサービス自体のラインナップを絞った形での発注により、生産性を維持することができる。
次に「販売の経済性」である。エリアを限定することで、移動コストなどを含めた販売効率が上がり、技術スタッフの対応作業の効率化や製造工程の工夫などの経済効果が出る。三つ目が「認知の経済性」である。エリアシェアを上げることで、施工物件自体がマーケティング効果を発揮し、自社の物件が複数あれば結果的に自社の認知度が高まるということである。例えば、HISでは学生の6人に1人がHISを選ぶということで特定シェアで15%以上を維持し、「認知の経済性」によって成功した。
次に、「競争戦略」である。競争戦略は、マイケル・ポーターが提唱した競争優位を築くための考え方である。同業他社がひしめく業態の中で、いかにしてポジショニングを取り、競合に打ち勝っていくのかを「コストリーダーシップ戦略」「差別化戦略」「集中戦略」の三つに分類し、企業が成長するための戦略を提唱した。
この中でポーターは、「コストリーダーシップ」か「差別化」か「集中」かという考え方を示したが、そのどれでもない領域を「スタック・イン・ザ・ミドル」と表現し、「中途半端は儲からない」と、経済的な理論で説いたのである。この競争戦略からも、「選択と集中」の重要性がうかがえる。
また、ポーターの理論には「エフィシェント・フロンティア」というものが存在する。これは、「コストリーダーシップ」と「差別化」の両方を踏まえたサービスである。つまり「安くて良い」を実現したビジネスモデルであり、ユニクロや丸亀製麺などがこのエフィシェント・フロンティアに該当する。それ以外にも、近年ではスシローやサイゼリヤなどが、エフィシェント・フロンティアに到達し、低価格・高品質なサービスを展開している。
このような事例を踏まえると、あるべき商品開発の流れは下の図のようになる。
まず、市場調査などを行いながら、USPが本当に正しいのかを、市場に受け入れられているのかを踏まえて検証する。その上で、「選択と集中」によってUSPを強化しながら、企業全体の経費を見直すことで、コストダウンを徹底する。その結果、エフィシェント・フロンティアに到達する。これが企業の商品開発において求められることである。
繰り返しになるが、マーケティングは「選択と集中」が重要であり、それができないことは「虻蜂取らず」であり、「二兎を追う者は一兎をも得ず」という結果になるのである。
最後に
以上、今回は、住宅業界の重要テーマとして「マーケティングにおける選択と集中」について見てきた。
住宅業界のマーケティング戦略においては、自社の強みを絞って強化することが重要である。そのためには、自社のUSPについて分析する過程も含め、正しい方向でマーケティングに取り組んでいるのかを見直す必要がある。一人でも多くの建築業界従事者の方々が、今一度、自社の戦略について考える機会を持つために、ノウフルが貴重な情報源になればそれ以上のことはない。
引用